蘭展の王道をゆく・・・・独創、オリジナルの世界

  第7回特別展  夕映天女群舞
          夕映天女群舞
     
   育種家が行う蘭展というのは・・・・
                  こういう蘭展である
   私は幸運であった。 エリスロスティルムのDNAがこれから繚乱と花開くとい1960年代に
蘭展の一番の問題点は・・・
  蘭が普及して何時でも園芸店、花店に並ぶようになると、よほどの企画力がないと、
  全然、人は感動しなくなるということである。
  感動のしないところに、入場券を買ってまで行かなくなるということである。
  だから、大きな販売力と動員力と自己宣伝できるメディアが企画して「観客動員」となる。
  興行力のあるところが主催することになる。
  弱小零細な蘭業界では、自前の蘭展会場を持つところはほとんどない。
  自前で興行やれる資金力もない。
  故に、咲いた花を持ち寄っての蘭展となる。
  この会場の問題があって・・・・デパートなどで「蘭展」を行ってきた。
  蘭は幸いにして・・・原種が26000もあるから、どうにかここまで持ちこたえてきた。
  しかし、原種も一巡すると・・・・・
  いづれの蘭展会場もマンネリ。
  株、苗の売れ行きも低調である。
  業界を牽引する「新品種」も「話題」も枯渇している。
  花は何処にいった?
  熱気がないのである。
  原種というのは10年、20年作っても、今年は花が少ない、今年は花が多く咲いた・・・で終る。
  その繰り返しに過ぎない・・・。

  日本の蘭界の問題点がここに浮かび上がってくる!!
  日本には「園芸研究家」「蘭研究家」は多くいるが・・・・「育種家」「蘭育種家」と名乗れる人は、
  非常に少ないということである。
  蘭の世界で「育種家」と名乗るには、少なくとも30年の育種歴が必要であるからである。
  その前の栽培歴10余年を加算すれば、40年以上の蘭歴ということになる。
  このことを計算すると、昭和30年代からラン栽培し、育種を志した人でなければ到達出来ない。
  年齢も20歳代からスタートしなければ、花を見ないであの世にゆくことになる。
  「交配親」の収集というのは原種を集めるのとでは、その困難さに於いてレベル、次元が異なる。

  こういう育種の現実の問題があって、日本の蘭界は・・・・育種では時間がかかり過ぎて手に負えない。
  ならば・・・短時間でできる「原種」・・・・になった。
  原種の栽培なら、自生地を再現する技術・・・の難しさがあっても・・・何とか出来る。
  40歳、50歳、60歳からのラン栽培でも、原種なら何とかなる。
  カネをかければ・・・原種の珍品も買える。
  少しばかりの自己満足と優越感に浸れる・・・・。
  蘭展の出せば・・・・最短時間で・・・賞にも手が届く。
  日本で原種ブームが起こった背景には、メリクロンの弊害ということもあるが、
  ワシントン条約で・・・カブトムシ、クワガタ、爬虫類・・・・飼育と同じレベルのものがある。

  しかし、考えてみると、蘭界が僅か150年の短年月で、ここまで発展、隆盛したのは、
  英国の文化があるのである。
  「育種」。
  「オリジナル」。
  この育種の素材を求めるために・・・プラントハンターは活動したのである。
  植物分類学上での「新種」は植物学者の分野であるが、
  育種の「素材」としてのDNAを持つ「新種」の発見こそ重要な意味を持っていた。
  事実、目ぼしい新種が発見されれば、直ぐに交配されたことは、
  サンダースリストをたどれば明らかなことである。

  この蘭界のDNAが・・・日本では希薄なのかもしれない。
  日本には「東洋蘭界」という・・・原種崇拝の蘭界が存在する。
  人間が創ったものは「ダメ」。
  これは、サラブレットがダメで、道産子が良い・・・ということである。
  毎日食べているご飯が・・・全部・・・交配種であるのであるが・・・・
  この日本の文化が・・・洋蘭界にも影響して・・・原種愛好という土壌が生まれているのかもしれない。
  こうなると蘭展が「山野草展」と同じである。

  原種では、蘭展を隆盛、活性させる「エネルギー」が乏しい。
  ダービー、有馬記念の競馬に・・・・多くの人が熱狂するのはなぜか?
  「育種」にかける執念と情熱が走るからである!


  ここまで書けば、「育種家 宇井清太」の蘭展と、東京ドームの蘭展との差異が理解出来よう。
  日本の蘭界というのは、戦争のブランクで「育種」の分野では大きく遅れを取った。
  この穴を、現在でも埋められないのである。
  蘭業界は「育種」より・・・安直な「原種」に走った。
  蘭展で「原種」が大賞になる現実。
  そこに、日本の蘭界の脆弱さと、底の浅さがあるのである。
  「育種家」があまりにも少ない!!
  育種というのは3代の交配を重ねないと・・・自分の花を創れないから・・・・
  自分の花を未だ手に出来ない。
  オリジナルを手に出来ない。
  そういう現実の中で、イベント、興行としての蘭展が、メディアの力で開催されているが、
  ビジネスが入り込めば・・・現在の蘭市場の現実が・・・会場を覆う。
  ワンパターンの企画の蘭展は、これから・・・どこにゆくのであろうか?
  業者による「在庫品」一掃の蘭展?
  世界のクワガタ、カブトムシ展化なのか?

  現在の蘭展の方向と、宇井清太はなじまない。
  理念が根本から異なるからである。
  だから、一人で蘭展を行うことになる。
  
宇井清太の蘭展と東京ドームの蘭展の違いについて
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